「あれー……?おかしいな」
散歩をしようと神社から出て森へ入ったらあっという間に迷った。
景色を覚えたり、目印を見つけたり、方向感覚には自信があったのだが…。
「迷った……の、かなぁ」
さっきから同じところを行き来してる気がする。
「とりあえず、斜面を降りてってみるか」
下りていくのは山の場合だが。


「あ、うん。駄目だな」
迷った。
「あっははは………どうしよぉ」
水もあって食べるものもある。
とりあえずこれで死ぬ前にどこか人のいるところに出れればいいけど…。
「とりあえず、暗くなるまで歩くか」
歩くかとは言ったものの、どちらにいけばいいか見当もつかない。
「こんな時はっ!」
適当にそこら辺からなるべく真直ぐな棒を拾う。
それを地面に立てて手を離す。
そしてその棒が倒れたほうへ……。
「よし、こっちだな!?」
棒は答えない。
「まあ、黙ってるよりましだ」
こうして森の奥に進んでいく。


「お」
森が深くなってきてあんな棒に任せるんじゃなかった、と思っていたとき。
気が滅入りはじめていたところに明かりが見える。
それに向かい進んでいくと和風の家が一軒あった。
冷静になれば怪しさ満点だが、今は安堵感と疲れでふらふらだ。
「よかった…」
入れてくれる事を願いながら家の住人を呼ぶ。
「ごめんくださ〜い」
声と一緒に軽くドアも叩く。
『は〜い、ちょっと待って〜』
中から明るい女の子の声が聞こえた。
どたどたどた、と足音が聞こえてきてがらっとドアが開く。
「だ〜れ〜?」
「えっと、森で迷っちゃったんで休ませてもらえないかな?」
「ちょっと待ってて?」
玄関のドアは閉めずに誰かを呼びに走る。
「…ん?」
女の子の後姿に見慣れないものがついていたような気がする。
(気のせいか?)
疲れていたために見間違えたのだろうと言う事にした。
女の子は背の高めな女性を連れてきた。
今度は見間違えない。
見間違えれない。
黄金色のふさふさのしっぽ。
何本あるんだ?
1,2,3,4,5……
「森で迷ったそうだな」
「い!?あ、はい、そうです」
いつの間にか見とれていたみたいだ。
「よくここに来れたな。上がってゆっくり休むといい」
「あ、ありがとうございます」
さっさと行ってしまうので、急いで靴を脱いで上がった。
通されたのは客間、ではなく茶の間だった。
そこで女の子が話しかけてくる
「ねぇねぇ、どこからきたの?」
「えーとねぇ、何かいろんな人が『外』って言ってた」
「…それでそんな見慣れない格好をしているのか」
たしかに幻想郷では見ない、ジャージ姿だった。
と、そこでちゃぶ台の上に料理が運ばれてきた。
「今から晩御飯だったの」
鼻腔を刺激するいいにおいがする。
「お前も食べてくだろ?」
「え、や、い、いいの?」
「さっきから腹の虫がないているぞ」
たしかにくぅ、だのぐぅ、だのなっている。
「…じゃあ、ご馳走になります」
「うむ。橙、紫様を呼んできてくれ」
「はーい」
とてとてと走っていく。
「…あのぉ」
「何かな?」
「あなたは……」
「私の名は藍だ」
「……藍さんは、妖怪…ですよね」
「うむ、そうだが?」
「なら歓迎、とは言いませんが、なぜ入れてくれたんですか?」
「何だ。追い払われたほうがよかったのか?」
「そうは言ってません」
「なら、いいではないか」
「…そうですね」
橙と呼ばれた女の子はまだ戻ってこない。
「お前は、怖くないのか?」
「なにが?」
「私や橙が、だ」
「おれはネコ好きだし、お稲荷様だって恐怖の対象にはならない」
「……外からの人間なのに変わってるな」
「切り替えが早いから、ここはそういう所だと思えばなんとも」
「……ここがなんと呼ばれているか知っているか?」
「え?…さぁ、森の中だし」
「ここは、迷い家と呼ばれるところだ」
「……迷い家?」
「知らぬか?」
「最近じゃ、昔話をしてくれる人なんていないからなぁ」
おばあちゃんなら知ってるかもしれないけど。
「ところで、なぜ外から来たのだ?…いや、なぜ来れたんだ?」
「おばあちゃんに面白い話を聞いたらここの事を話して、暇つぶしに来てみたんだけどそれが本当だった。てこと」
「ふうん」
そこから、沈黙が流れた。
「……遅いですね」
「そうだな」
……………。
また、沈黙。
気まずい。
「そういえば、お前何か背負っていたな」
「え?あ、はい」
「何が入っている?」
「ええとですね」
チャックを空け中身を出していく。
チョコ、スナック菓子、スポーツ飲料、昼飯のごみ、ブランデー。
「見た事もないものばかりだな」
「そうでしょうね」
言いながらチョコを差し出す。
「食べてみますか?」
「……この黒い板をか?」
「あまいですよ?」
「い、いや。甘いのならご飯の前だし、遠慮しておく」
どうも色が嫌らしい。
「なら、こっちはどうですか?」
ブランデーをちゃぶ台の上に置く。
「これは…」
「お酒ですよ」
「酒なら食べ終わってからでいいだろう」
それもそうか。
いろいろやってる間にさっきの女の子が戻ってきた。
「紫さまやっと起きました」
「ご苦労だった」
今まで寝てたのか?
「でも来ないですよ?」
「すぐ来るさ」
すぐ来るとかいった割には結構来るのに時間がかかった。
「ぅふああぁ〜、おはよう藍」
「こんばんはです、紫様」
紫、と呼ばれた女性は何か変なものに運ばれてきた。
「あら、今日は豪華ね。どこで捕まえたの?」
「違います。客人です」
「あら、そう。失礼」
普通の俺にはいまいちわからない会話だ。
「それにしても、珍しいわね客だなんて」
「迷って歩き疲れたそうなので今晩は泊めていただきたいのですが…」
「いいわよ」
「ありがとうございます」
「藍さま、早くいただきますしようよ」
「そうだな、では」
『いただきます』
「いただきます」
藍の料理は絶品だった。
洋食派の俺だが、素直においしかった。


「ねぇねぇ、おにいさん」
「ん、なんだい?」
女の子が話しかけてきた。
「私の名前は橙って言います。おにいさんは?」
「俺は式辺って言うんだよ」
「式辺さんは、外から来たんでしょ?」
「そうだよ」
「じゃぁ、ここには無いものがいっぱいあるんでしょ?」
「あるね。そうだ、これ食べる?」
「なに、これ」
やはり黒い板だと印象が悪いんだろうか。
「チョコって言ってね、甘い食べ物だよ」
「へぇ〜」
それでも橙は甘いに誘われたようだ。
「食べてみる?」
「うん!」
一ブロック割ってあげる。
「あ、ん」
ぽりぽりと噛む音が聞こえた。
「おいしい?」
「ん!」
とてもおいしいようだ。
そもそもこんな森の中では、嗜好品などないだろう。
ジュースは好みではないようだったが、スナック菓子は好評だった。
その後は風呂も布団も用意してもらって、旅館に泊まってるみたいな感じだった。
「ふぁぁ…」
風呂から上がると急に眠気がやってきた。
布団に入ってもう寝よう。
そう思っていたら、この家の主であるらしい紫という女性がこちらに歩いてきた。
「ちょっと、いいかしら?」
「いいですよ」
右手にウイスキーを持っていたから飲みたいのだろう。
眠気を抑えつつ、縁側まで歩いて行った。
「……何かお話でも?」
「いえ、洋酒だなんて久しぶりだから」
「飲みたいと」
「そうよ」
「藍さんとは飲まないんですか?」
「飲まないわけじゃないけれど、せっかく客人が来てるんだし。飲みたいじゃない?」
「俺はお酒弱いしまだ未成年です」
「今ここじゃ関係ないわ」
そういうとなにやら紫色で眼球がゴロゴロいる(とても気色悪い)空間からショットグラスを二つ、取り出した。
そしてウイスキーを二つともに並々と注いだ。
「客人に乾杯」
「………乾杯」
チン、と鳴らすと紫は一気に半分くらいまで仰いだ。
「乾杯したんだから飲みなさいよ」
「……」
いわれるがまま、ちびちびと飲み始めた。
そして、俺は半分も飲まない状態でけっこう酔った。
「あなた、ホントにだめなのねぇ」
「だから、そういってるじゃないですか」
すでに紫は三杯目。
酔いが回ってきたらしく、いつもならしないような質問をしてしまった。
「紫さんはいくつなんですか?」
そして紫は無言のまま、
「いでっ!」
扇子で頭を叩いてきた。
「…冗談でも、妖怪にでも、女性に年齢は聞くものじゃなくてよ?」
「はい……すみませんでした」
酔ってたとはいえ、己の痴態に項垂れる。
「ふふ……そうねぇ…」
何かを思い出すように、夜空を仰いで話す。
「あなたの想像を遥かに上回るほど生きてるわ」
想像を遥かに超える、か。
「いいですねぇ、妖怪」
「あら、どういいのかしら?」
「長生きできて」
「……それだけ?」
「それだけ」
「それじゃあ、独りぼっちになっちゃうじゃない」
「…そうですね」
「………」
「………」
二人して、三日月の空を見上げる。
「…ここらでお開きにしましょうか」
「そうですね、眠いです」
「それじゃ、お休みなさい」
「お休みなさい」
腕時計を見ると、もう2時だった。
「結構時間経ってたんだな」
目をこすりながら歩いていると、茶の間が明るかった。
(何してんだろ…?)
金色のしっぽで頭しか見えない。
そのままボーっと立っていると声をかけられた。
「どうした?」
「いや…なんにも」
寝ようかと思ったが、ちょっと見ていく事にした。
「寝ないのか?」
「寝るけど、何やってるのかな、って思って」
何かを書いているようだった。
ただ、達筆すぎてよく読めない。
「ウイスキー飲んだのはじめてだよ」
「紫様に飲まされたのか?」
「縁側に誘われてね」
そこで会話が途切れる。
静かな時間が流れた。
「………」
「………」
ボーン、と時計の鐘が鳴った。
「3時だな…」
「寝るのか?」
「うん。お休みなさい」
「お休み」


「式辺さん、朝だよ!」
「あ、さ?」
そうか、もう朝か。
「う、ん〜」
二日酔いなのか頭が痛い。
それと寝不足だ。
「もうご飯出来てるよ」
「あれ?もうそんな時間?」
時計は…6時30分。
って言うか、3時間半しか寝てない。
「ずいぶん早いんだね」
「朝は大事だからね!」
元気な子だなぁ。
頭撫でてやりたかったけど、馴れ馴れしい感じがしてやめた。
俺を起こした後に、橙は紫さんを起こしに行き、そろったところで朝食になった。
「もういくの?」
「うん。そろそろ帰んなきゃいけないからね」
「はい、これ」
「…はし?」
決して、安物には見えない箸を手渡された。
「ここから何かを持ち帰るといい事があるのよ」
「へぇ〜」
「それから、私が送ってあげるわ」
「いいですよ、遠いですし」
「大丈夫、一瞬だから」
そう言って、扇子を縦に振ると空間が裂けるようにあの気色悪い空間が生まれる。
「さ、入って」
「…え!?」
「そこに入れば神社まで直通よ」
「………」
そりゃー早いだろうけど……。
「ほら、さっさと入る」
紫に背を向けていたため、背中を押されてしまった。
「うわ!うわ!ああああぁぁぁぁぁ……」
そして、掴まるところなどなく、落ちた。
「優しいですね、紫様」
「突き落として優しいなんて変だわ藍」
「いえ、そうではなくてあの箸、紫様のでしたしスキマを使って帰してあげるなんて」
「昨日、お酒に付き合ってもらったしね」
スキマの、式辺の落ちたほうを見ながら
「また、何か持って来ないかしら」


「うわ、畳!?」
どん!とお尻から墜落する。
「いててて」
お尻をさすりながら立ち上がる。
「おお。ほんとに着いた」
疑ってたわけではないが、少し不安だったのだが。
「…霊夢はまだねてんのか」
落ちた隣で寝ている。
「さて帰るか」
起こさないように忍び足で出る。
「また、行ってみたいかな?」


END